「鬼滅の刃」作者に学ぶ

daymon slayer

経済効果9000億超え?!

2019年アニメ化、2020年映画で大ヒットした「鬼滅の刃」が

最近TVアニメ第2期~遊郭編が終了しました。

ヒット間違いなしなので、アニメのクオリティが映画みたいでした。

ただ遊郭編の内容を以前コミック本で読んでいたのにあまり覚えていなかったので、読み返していくと、漫画の話と話の間の扉?!の作者からのメーッセージにこんなことが書いてありました。

鍛錬

できることと、使いこなすこと、

極めることはそれぞれ違います。

繰り返し練習して決まった動作が

“できる”ようになったら、それをどんな体勢や

状況でも適材適所に出せるようになるのが

“使いこなす”ことです。

さらにその使いこなしている技を、

他の誰よりも速く強く、常に最大限の力で出せるよう

練り上げることが”極める”ことです。

できる→使いこなす→極める

鬼滅の刃22巻193話

鬼滅の刃の作者、吾峠呼世晴(ごとうげ こよはる)先生は

「小さい頃から動物に嫌われるし絵が下手でした」

と画集のあとがきで明かしていて、笑われてしまうこともあったため人に絵を見せたくなかったようです。

高校3年生の時に初めて漫画制作を試みたようですが全く描けず、初めて投稿するまでには計算できないほど何作も描きあげていったようです。

あっという間にヒット作を生んだ「鬼滅の刃」の作者にもこんな学生時代があったことに驚きました。

絵心のない私の下手とは、”下手”の基準が違うと思いますが、上手い下手に関わらず好きだからこそ漫画を書き続けて映画化までされるほどヒットしたのではないでしょうか。

「上手くなる」の’’上手い’’の基準は?

たまに初心者で運動したことない方や、高齢の方にこう聞かれることがあります。

「私でも上手くなりますか?」

と不安からそう言われるのかもしれませんが、即答しづらいです。。

「現状より上手くなりますか?」

と言う意味で聞かれれば

「はい!」

とすぐ答えられますが、ひと言”上手い”と言われると、どの程度を”上手い”というのかはお話を聞かないと分かりません。

あと、どのくらいの時間でその”上手い”になりたいかもお話して、動きもみてみないといい加減なことは言えないので即答しづらいのが正直なところです。

上手い下手の基準になるものは十人十色なので、私は初回にどうなりたいかお話を伺っています。

その人の”上手い”の基準、つまりそれこそが”目標”になります。

その人にとっての上手い=目標へのお手伝いに全力で取り組んでいきます。

そして目標への近道は、好きになることが一番だと思います。

できる→使いこなす→極める

吾峠先生の話に戻りますが、

1.繰り返し練習して決まった動作が”できる”ようになる

たまたまであっても1回でもできたら、”できる”になります。

つまり、思ったことができるようになったわけですが確率は低いです。

常ではありません。

自転車の運転で例えると、補助輪が取れて乗り始めにあたりるでしょうか。

安定性には少々欠けますが、一人で自転車に乗れています。

2.それをどんな体勢や状況でも適材適所に出せるようになるのが”使いこなす”こと。

ここでは思ったことができる確率が高く、常に出来る状態にあります。

かなり飛躍した状態です。

先程の自転車の運転に例えると、安定して安全に、思った方向に思ったスピードで運転しています。

いわゆる、普通に自転車に乗っているということになります。

3.さらにその使いこなしている技を、他の誰よりも速く強く、常に最大限の力で出せるよう練り上げることが”極める”こと

この”極める”に関しての記述に、正直私はピンときませんでした。

①他の誰よりもと書かれていることと、②常に最大限の力でという2つのワードが引っかかりました。

①今年度は夏と冬とオリンピックがありましたが、オリンピックの選手達はその競技を”極めた人”の集団です。

そこで金メダルを獲った人だけが”極めた人”?といことにはならないはずです。

フィギュアスケートの羽生結弦選手はメダルを逃しましたが、誰もが認める極めた人だと言えるでしょう。

そして、②常に最大限の力で出せる→ずーっと最大の力を出し続けていると捉えてしまうので、私は”常に”よりも”いつでも”の方がしっくりきました。

ここで自転車の運転に例えると、’’極める人’’はプロのロードレーサーや競輪選手やBMXなどなど、自転車を乗ることに常人ではなし得ない運転が出来る人々ではないでしょうか。

普通を超えた時、”極める”に近づき、他者からも評価され承認される存在が”極める”人ではないかなと思いました。

私は他者の評価というものは、あまり好きではないですが、極めている人は本人がどうあれ他者を感動させる魅力を持ち合わせています。

そこには無駄がないので、美しく、おのずと人を惹きつけるのでしょう。

作者が書き記していた、

さらにその使いこなしている技を、
他の誰よりも速く強く、常に最大限の力で出せるよう
練り上げることが”極める”ことです。

を、私なりの”極める”に少し変換すると、

さらにその使いこなしている技を、

他者から見ても無駄がなく、いつでも最大限の状態に

練り上げることが”極める”こと。

こんな感じでしょうか。

繰り返し練習するのは動きだけではない

“できる”ようになるまでに繰り返し練習しますが、”極める”ようになるまでにも当然繰り返し練習します。

書いててちょっとゾッとしました。

終始練習。。。

ただ、

好きなことなら自然と繰り返していますが、嫌いなことを繰り返すのは苦痛です。

初めから好きじゃなくても、繰り返しているうちに出来ることが増えて好きになる場合もあるので、なんでも挑戦してみてはいかがでしょうか。

私自身は何かを”極める”ような域までいったことはないですが、極めているなぁという方にお会いするこはあります。

極めている人は呼吸をするようにそのもごとを思考して、それが当たり前になっているようにみえます。

思考も身体も全てが合致し、”極める”に達するのでしょう。

使いこなす=普通にできる

使いこなすことも十分素晴らしいことだと思います。

できる→使いこなす状態に成長した結果です。

色んな分野でできる→使いこなす、と幅を広げていくと、新しいことに取り組んだ時にすんなり使いこなせたり、長くやってきたことがまたひとつ成長し極めるに近づきます。

’’普通”って地味な言葉ですが、

なんでもかんでも普通にできることは実は万能なんです。

レッシュ(4スタンス理論)の指導現場では、専門競技に関係なさそうなこともやって、色んなできるを増やしていきます。

ゴルフで仰向けでゴロゴロころがったり、卓球で指揮棒振ったり、と変なこともしています。

一見その遠回りしてそうなことが、実は使いこなすことへの道のりなのです。

それが何故どういう意味をもってしているのか、分かって変なことをしているのもレッシュ(4スタンス理論)指導のいいことではないでしょうか。

繰り返し練習していくのも大切ですが、慣れて飽きてしまうと成長しづらいです、時には刺激になるような違うことも取り入れて楽しく成長していってください。

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